2017年12月17日 (日)

当ブログを引っ越します

当ブログ「良いことは、広める」は、
オリジナルサイト「良いこと広め」として一新します。


新しいサイトのURLは下記のとおりです。

http://hanaokashungo.net/

ひきつづき、
訪問・お読みいただければ幸いです。

ココログさんに至っては感謝の想いでいっぱいです。

最初におせわになったのは、
2006年2月。
「良いことは、広める」のタイトルのもと、
2,449記事をアップしてきました。

無料のサイト容量が一杯になり、
2015年2月からは、
「良いことは、広める2」として再出発。

以来、ほぼ12年間で
2,857記事を書き溜めてきました。

ありがとうございました。


2017年12月 6日 (水)

ミニセミナー、「キーワードを選択と集中させHPを上位表示。 WEBサイトから売上をつくる」から

先日のミニセミナーから。
非常に目からウロコの話しを聞いた。

「キーワードを選択と集中させHPを上位表示。
WEBサイトから売上をつくる」


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お話:今井孔太さん
(株)エレメント 代表取締役社長

当社、株式会社エレメントは2005年に創業。
旭川を拠点にスタッフ5人で活動しています。
「ホームページを制作する会社」と思われている方も多いと思います。
しかし、ウチの売上の約8割は
HP(ホームページ)を管理して売上を伸ばす、
いわゆるWEBマーケティングの部分です。
今日はこの分野に関して、
お役に立てそうな内容をお話ししたいと思います。


検索トップで大反響

いま、日本で一番HPから集客ができている病院があります。
特定の症状で検索するとグーグルでもヤフーでも、
1番目に出てくる旭川の病院です。
ここのサイトについてちょっとお話します。

どうしてこうできたのか。
病院の見込み客である患者さんにとって
有益な情報を出しているからです。
その症状の原因だったり、その治療法に関する内容です。
このコンテンツ・ページが検索エンジン側の高い評価を得て、
多くの方から見てもらえるようになっています。
ページの下では、院長が書いた書籍の販売もリンクしています。
こうすることで、その本も売れて、
来院患者や講演依頼の増加といった結果にもつながっています。
検索エンジンの結果に特定のキーワードで上がるということが
HPを持っているうえで非常に大事なことです。
これがいわゆる「SEO対策」や
「コンテンツマーケティング」と呼ばれているものです。

その概略を説明したいと思います。
WEBサイトにはなんらかの「目的」があります。
通販でモノを売るとか、問い合わせをもらうとか、
パンフレットを送るとかです。
まずは目的を決めます。
この目的に対して、見込み客にどのような貢献ができるのかということを考えます。
その上で、どんなキーワードで検索されるのかを、
検索ボリュームとあわせて考えます。
このキーワード選びが、ある意味、見込み客を選別するものとなります。
一方で、お客さん側はどんな内容を知りたいのか。
ここを選択と集中させます。
こういったことを設計することが、
SEO対策やコンテンツマーケティングの本質です。

キーワードに関して、
「札幌 ◯◯」といったマルの中に入れることばはたくさんあります。
たくさんある中から、どれを選んでどれを捨てるか。
すべてに対して1番になることはできません。
選択と集中が求められます。
どんなキーワードにして、
サイト上にどのようにコンテンツを並べておけば、
検索上位になるのか。
このあたりの設計によっては、
けっこうかんたんに順位が上がることがあります。

その結果、HPが多くの人に見られて、
自動集客ツールとして活きてくることになります。
この分野に関して、
AIを使ったアナリストや解析技術が誕生していますが、
サイトの改善・最適化という点では優れた成果が見えはじめていますが、
土台の分母となる集客や、
役に立つ情報、面白い情報といったクリエイトや、
価値を創造するイノベーションの分野では、
人間でなければ対応できない分野だと言われています。


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事例を紹介します。
「銃砲店」と検索する人が世の中に月間1万人くらいいます。
当社が担当している会社のサイトは、
まだ1位をとれていないのですが、
7〜8位くらいに出てきます。

「中古銃」というキーワードで検索する人も
同じくらい存在することがわかっています。
銃業界は全般に厳しいお店が多数を占めている状態です。
しかし同店では、ほとんど広告費はかけていないのですが、
売上は前年より上がっています。
HPからの集客で貢献できていると思っています。

ほかには、「旭川 古着」で検索すると
当社で管理しているHPがトップ5のうち3サイトが出てきます。
いずれも、WEBサイトから順調に売上を伸ばしています。
こうなると、一般の広告は必要なくなります。

「札幌 赤帽」と検索すると、
最初に広告がついたサイトがずらーっと出てきます。
8位くらいに私が担当したサイトが上がってきています。
こちらは、予算の関係もあり、
サイト自体の制作はしていません。
そのかわり、毎月のサポートをしています。
選んだキーワードでは、
月に1,000人くらいの検索ボリュームがありました。
なので、数件の問い合わせがくると予測。
ブログの書き方などをアドバイスしています。
3〜4ヶ月で上位の方に上がってきました。
結果、このHPからは毎日、数件の問い合わせが来て、
そのうち何件かが成約にむすびついています。
依頼者には喜んでいただいています。


内部と外部、規律と調和


検索エンジンの上位にあがらないと、
HPを持っている意味がない、とも言えると思います。
当社では毎月、200件くらいのサイトデータをとっています。
どのサイトも検索エンジンからの流入が8割とそのほとんどを占めます。
SNSがどんなに流行していても、
大きな流れではありません。

検索エンジンの対策には、大きく2つの側面があります。
内部要素と外部要素です。
外部要素として、かつては、リンクが集まっていれば、
たとえ不正であってもエンジン側からは評価されていましたが、
今は逆に順位が落ちてしまいます。
どう、インターネット上で関連性の高いものと連携できるか? 
正しく評価しあえるか? 
ということが大切です。

内部要素としては、どのようにコンテンツを並べるのか。
評価の高い良質な記事をどのように載せていくのかということが重要です。

ここでも、内部と外部の要素を選択と集中させることが大切になってきます。
「規律と調和」と社内では言っていますが、
ここをうまく調整すると順位が上がってきます。
規律と調和は、1つのサイト内だけでなく、
外部とも、うまく連携することで強みが発揮できますので、
今後は、それぞれ違う会社どうしで協力し合う、
HKイノベーションプラザなどで、
ユーザーに必要とされる良質なコンテンツを企画して
うまく連携を図って行く事で大きな成果を作っていこうと思っています。

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今の時代、HPを持っていないという会社やお店は少ないと思います。
ですが、ただ持っているだけ。
情報をアップしているだけというところが多いかと思います。
せっかく費用をかけてつくったHP。
もっと有効に活用したいですよね。
制作側としても切に思います。
検索結果の1ページ目、あるいはトップになれば、
すごい成果につながります。売上に貢献します。
ぜひ、御社のHPを有効活用して
新たな売上につなげてほしいと思っています。

11月24日、「HK・イノベーション・プラズ」のイノベーション会議のセミナーから

エレメント

2017年12月 3日 (日)

訪日観光の3つの価値、日本を旅行することでしか得られない3つの価値とは

専門雑誌「トラベルジャーナル」の記事が
訪日観光の本質をわかりやすく
解説している。

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筆者は、新津研一さん。

百貨店出身のマーケティング・コンサルタントだそう。


日本を旅行することでしか
得られない3つの価値。

それは、

気質 作品 生活

だという。


・「気質」

深刻な震災にあっても、
騒乱が起きず、
冷静で秩序を守る日本人。

毎日、食卓で「いただきます」ととなえ、
自然や生産者に感謝を表する礼儀作法。

道に迷っている外国人を、
みな、見て見ぬふり。
不安に思った矢先に、目的地まで連れ添ってくれる
親切すぎるわが国の人々。


・「作品」

厳しい目をもった消費者が
世界最高レベルの
安心・安全・高品質な商品を生み出している。

100円でも、おどろくほどの品揃えと品質は
細部へのこだわりの結晶だ。


・「生活」

路地裏の猫や
電線が張り巡らされた住宅地の景色。

夕暮れ時、
自転車で帰宅を急ぐ高校生のシルエット。

荒涼として風景の中にぽつんと置かれた
自動販売機の写真。

これは、だれもいない、だれも見ない場所でも
何も盗まれれない日本が表現されていると言われる。

田舎に行けば、
だれかまわず、あいさつしてくれる小学生。

横断歩道を渡る時、
停まってくれたクルマに対して
一礼する、小学生。


日本人の気質だ。


訪日観光の価値とは、
そう、われわれ「日本人」なのだ。

日本人そのものが、
世界の諸外国から見れば、
興味深い存在。


ふだん、
わたしたちは、このようなことをみじんにも感じないが、
ひとたび、外の視線を意識するならば、
あたりまえと思っていたこと自体が
すばらしく、貴重で、価値あるものだということが
わかる。



美瑛町がCRMを導入し観光客の実態をデータで把握

美瑛町は町内の観光客を対象に、
属性や買い物などのデータを収集して解析する
顧客情報管理(CRM)を導入し、
これまでの分析をまとめ、
報告会が行われた、と
日経新聞が伝えている。

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CRMの手法は、大手企業では導入されているが、
自治体では全国でも少ない。

美瑛町は年約160万人が訪れる観光地。
データを基に観光客行動を分析し、
今後の取り組みに活かしていくことは、
他の自治体にも参考になりそうだ、
と記事では指摘している。

同時に、
ネットでの検索ワードから、
観光客の動きを推測。

予測される行動パターンを読み解き、
美瑛でのランチ需要を掘り起こしたり
宿泊の情報提供を促すことを
重視するようにしたという。

観光客=顧客。

自分たちの顧客は、だれなのか。

いくら使っているのか。

滞在時間はどれくらいか。

なにに価値をおいてくれているのか。

どんな動きなのか。

なにが不満なのか。



ドラッカーの有名な5つの質問に、
「われわれの顧客はだれか?」
というものがある。

「あなたの組織は、
だれを満足させたとき
成果をあげたと言えるのか?」

という問いもある。

この質問の答えが、
そのまま顧客はだれかをおしえるという。

お客の定義。

わかっているようで、
つかんでいるようで、

実は、むずかしい。


「ばんえい競馬」を紹介する冊子「ポムレ」

仕事仲間のお仕事。

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帯広の「ばんえい競馬」を紹介する冊子「ポムレ」。

発行は、帯広市農政部ばんえい振興室。

ライターとして、小久保友香さん。
カメラマンとして、小久保巌義さん。

ご夫婦が活躍している。


内容はばんえい競馬の魅力を伝えるもの。

読者の投稿写真を紹介する「ばんえい百景」。

ばんえいを支える人の物語り。

ばんえいを愛してやまない、
小久保夫妻の写真エッセイ。

ファンが推薦する、注目馬紹介。

その時期ならではの楽しみ方案内。

イベント情報に、
レポートなどが掲載されている。

A4判、全16ページ。


ちなみにタイトルのポムレとは、
芦毛の馬が成長する時にできる
リンゴのような斑点模様を、
フランス語では「ポムレ」と呼び
ばんえい十勝と、その魅力を伝える本誌の
成長・進化を願って付けられたそう。


ばんえい競馬とは、
鉄のそりを馬にひかせ、
全長200mの直線コースで競われる。
コースには、2カ所の坂があり
スピードだけでなく、
持久力や騎手の技量が勝負を分けるそうだ。

そもそもは、帯広を含む十勝地方では、
農耕馬がかつやくしていて、
その農耕馬のお祭りが始まりだ。

いまでは、世界で唯一の市営競馬。

このばん馬を含む北海道の馬文化は
北海道遺産にも認定されている。


このような貴重な文化の魅力を伝える、
フリーペーパー「ポムレ」。

見つけたら、ぜひ
一読してほしい。







2017年11月30日 (木)

TBSラジオがナイター中継を止めるという判断

ラジオ局の大きな変化。

TBSラジオがナイター中継を止めると
発表したそうだ。


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TBSラジオは、65年以上続いている、
プロ野球公式戦の生中継を
今季で終了すると発表した。

ナイター中継は、AM局の十八番であり、
NHKをはじめとして、夜の定番コンテンツだった。

けれど、リスナー側としては、
どの局も野球中継ばかりで、
AM放送を聞く気になれないという
そういう側面もあった。

昨今、ラジオはネットでも聞くことができ、
「ラジコ」というアプリがヒットして、
スマホでも放送が聞ける時代になった。

しかも、このアプリ、
聞き逃した番組を聞ける、
「タイムフリー機能」もあるとかで、
ラジオ聴取に関する大きな変化が訪れていた。

文化放送とニッポン放送は、
プロ野球中継を来年も継続する意向を表明しているそうだ。

TBSの新たな取り組みに
注目したい。




2017年11月29日 (水)

広告代理店への道、その3

広告代理店への道、その3。

仕事は、基本、地味でつらいものが多い。
価格表示は、まちがってはならないし、
電話番号なんかは、絶対にミスしてはならない。

基本に忠実。
地道な作業を繰り返す。

そんな中でも、
印象的な仕事はいくつもあった。


・「宮沢りえ、トークショー中止事件」

当時、主演映画の封切りがあり、
人気が出始めていた女優がいた。

この人が映画のプロモーションで札幌にやってくる
ということから、
どこか使いたいスポンサーはいないかと。

札幌駅下の地下広場で、トークショーが企画され、
宣伝をがんがん流し、
人を集めていた。

開始時間にかなりの時間があるのに
その広場は、ひとだかりになり、
殺気立った危険なほど、観客が集まってしまった。

結果、急きょ中止の判断に。

冷や汗たらたら。
スポンサー企業に低頭平身、
謝った。



・「ラジオ番組、半年で打ち切り」

大学教授とのアイデアをベースに、
学生よ、世界を見よう!
留学に出よう、
をコンセプトにしたラジオ番組をつくることになった。

毎週1回、30分番組。

スポンサー集めに苦労して、
2社、提供してもらうことにこぎつけて
番組スタート。

コンセプトは良かったのだが、
内容がまじめすぎたのか、
聴取率も取れず、
結果、スポンサーも半年で止めるとなり、
半年で番組は打ち切りになってしまった。



・「超大型B1チラシの訂正シール貼り事件」

大型店の開店用折り込みチラシに、
配布前、価格のミスが発覚した。

たしか、20万部くらいだったろうか。
刷り直す時間と金額もない。
とかいう理由で、
いったん回収して、体育館のような場所を借りて
アルバイトを大量に集めて、
訂正シールを貼って、
赤帽車を何台も手配して、待たせて、
なんとかギリギリ、
新聞販売所に直配して、間に合った!
という苦い経験は、
今思い出しても、冷や汗もの。



そんなこんなを経験しながら、
回りの人々、
社内、
媒体さん、
取引先。

に助けられて、日々を生きていた。


もちろん、
失敗ばかりではない。

夕張のスキー場の仕事は、
趣味の延長上のことでもあり、
やりがいがあり、楽しい仕事だった。

かっこいいポスターを提案し、
ラジオでミニコーナーを実現し、
ポール専用バーンといった企画も実現できた。

現地に打合せに行けば、
タダでリフトには乗れるし、
クライアントはスキーのインストラクター。
技術もおしえてもらっていた。

分譲マンションの仕事では、
募集の印刷物はもちろん、
モデルルームの装飾や演出。
案内看板や来場イベントまで手掛け、
文字通り、広告だけで見込み客を集客し、
そして、実際の販売までつなげる、
その一連に関わることができた。

広告のすごさを、実感していった。


同時に、
時はバブル崩壊の後ではあったが、
業界は、今思えばすごいバブルだった。

テレビ局からの報奨旅行があり、
社員は順番にあちこちにタダで旅行に行けた。

ワタシも、台湾と東京のマイケルジャクソンツアーに
選んでいただき、参加した。

局のゴルフ接待も日常的にあり、
ゴルフコンペを含めて、やらせてもらえた。

もちろん、こちらからの接待ゴルフもあったし、
他社の大口クライアント担当などは、
毎日!担当者とゴルフするのが仕事!
と言われている営業マンもいたほどだ。

クライアントの社長に、泣き落としで
数字をあげてくる人。

朝、朝礼にはこないし、
日々もなにやっているか分らないけど
実績だけはあげている人など、
あやしい人もいっぱいいた(笑)。


2017年11月28日 (火)

広告代理店への道、その2

広告代理店への道、その2。

大学を卒業して最初に入った会社は
(株)ピーアールセンターという
総合広告代理店だった。

同期より約1ヶ月おくれて、
彼らに言わせれば「横入り」したワタシは、
「媒体営業部」という部に配属された。

鈴木部長率いる、この部は、
文字どおり、媒体を営業する部門。
テレビやラジオといった、今でいうメディアの枠を
一般企業にセールスする仕事だった。

とはいうものの、
右も左もわからぬ新人は、
「飛び込みセールス」を命じられる。

いわゆる、ビルの上から下までローラー。
名刺を渡して、「コンニチワー」とあいさつ。
「なにか宣伝の仕事ありませんか〜」と、
いわゆる飛び込み営業をやっていた。

これは、当時も、今も(?)、
新人営業マンの常套練習として、
リクルート社をはじめ、どの企業もやっていたことだと
後になって知った。

最初の受注は、同期7〜8人いた中で、
最後の方だったように思う。
ホンダクリオ販売店のラジオCMだったことを
今も鮮明に憶えている。

そんな営業マンの洗礼を受けながら、
先輩に同行して、仕事を覚えていく。

チラシ、
ポスター、
メニュー、
看板、
ティッシュ、
などなど・・・

マスメディアの広告以外にも、
あらゆる広告物をつくる作業。

クリエイティブ部の先輩に
怒られながら、
媒体部の人間にせっつかれながら、
時に、経理部門の人に事務処理が遅いと
苦言を呈されながら、
仕事を一つひとつ覚えていった。


入社数年後。
コジマ電器が北海道に進出してきた当時。
ワタシが担当となり、
札幌本店のオープン業務や、
函館店のオープンなど、
折り込みチラシ+テレビCM+細かなツール制作、
といった販売促進活動のすべてを経験していった。

当時の先方部長に鍛えられたことがあって、
現在のワタシがあるように思う。

帰宅は毎日深夜。
終電を通り越して、
毎日、タクシー帰宅した日々もあった。

いまどきの表現で言えば、
ブラック、かもしれないが、
当時の業界はあたりまえ。

東P、西P、と影で呼ばれ、
パブリックセンターとピーアールセンターは、
不夜城として、深夜まで事務所に灯りがついている企業として
業界では有名だった(笑)。


レギュラークライアント担当と、
新規営業担当。

ある年、
和服チェーン店の受注を得ることができた。
その会社の支払いは、業界の慣習で長い手形だった。

180日という6ヶ月後の支払いに
取引を辞めろという声が社内にあった。

議論の末、受注OK。
数ヶ月、折り込みチラシをつくり
販売促進活動をフォローしたが、
その企業は資金繰りが悪く、
半年後に倒産。

結果、
8,000万円ちかい損失を会社に与えてしまった。
この時は落ち込んだ。
涙が出てしまった。

会社を辞めようと、思った。
が、当時の上司や社長からも、
おとがめもなかった。

いっそう業務に専念して
業績で報いようと思って、
目の前の仕事をこなしていった。


2017年11月27日 (月)

広告代理店への道

なぜ、ワタシが今の仕事をしているのか。
その入り口について語りたいと思う。

題して、「広告代理店への道」。

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ここに1枚の古い写真がある。
額に入れられて引き延ばされた大判写真。
日付けは、1988年1月31日。

今となっては、永久保存版の写真だね!


昭和63年の写真だ。

確か、当時は大学3年生。
群馬県の高崎経済大学で学び、
アルバイト先のディスコ「ラールカーナ」
での1枚。

なんでこの記念写真を撮影したかは不明だが、
中央でレコードを掲げているのが
ワタシだ(笑)。

もう、29年前になるんだなあ〜


この写真の元になる記憶をたどろう。


恵庭市から、
5%枠という狭き門(?)を突破して入ったのは、
札幌東高校。

入学してレベルの違いにおののいた。
1年生の最初の試験で、
450人中、425番だったことは、
いまも脳裏に焼き付いている。

成績は最低レベルから、なんとか
学年100番くらいに上がったような気がする。

親から「国公立にしてくれ・・・」ということで
1浪。
代ゼミに通った。

で、浪人後にも第1志望には不合格。
日本の首都・東京に行きたい!と
思っていたこともあり、
合格できた高崎の大学に行くことにした。


行ってみると、
一人暮らしの大学生活は、
想像を超える楽しさがあった。
授業、体育会スキー部、アルバイトと、
ほんと、目も回るくらい充実していた。

お金はなかったが、
見るもの、体験するもの、すべてが新しく、
刺激的でエキサイティングな時間だった。

仕送りを補うために、
いろんなアルバイトをした。
そのほとんどが、
所属する体育会スキー部の先輩や仲間からのつながりだった。

家庭教師や、駐車場係り、
居酒屋やディスコで働いた。

当時の日本は、バブル経済の真っ只中。
センス片手に踊る、あのバブル絶頂期の世の中。
高崎の中堅都市にも、そのような箱があり、
そこで、照明係りやレコードを回すDJの
まねごとのようなことを
させていただいていた。

この経験が、
ワタシの職業を決定づけた
ように思う。

それは、
DJや照明係りの想いによって、
ホールの観客が動いていく快感を味わってしまったのだ。

ホールはいつも、盛り上がりをつくっているわけではない。
盛り下がりの時間をはさみ、
メリハリをつけている。

それに、反応してくれることが、
うれしかった・・・


大学4年生になった。
初夏ぐらいから就職活動期に入った。

友人の多くは、銀行・証券・商社に公務員。
いわゆる、固いところを志望していた。

しかし、ワタシはなんだか、気がむかない。
お金とか、モノには興味がなかった。
消去法で残ったのが、マスコミ業界だった。

正確に白状すれば、
同期の中で、最初に「内定」がもらえたのがワタシだった。
外資系の製薬会社だった。
その会社には大変申し訳ないが、
受けてみるだけの、練習だった。

その後、当時のニトリさんの会社説明会が学校であった。
北海道企業ということで、聞きにいった。
担当者の方と、どういういきさつだっかは忘れたが、
「カタログを作るようなことをしたい・・・」と言ったところ、

「そういったものはウチでは作っていなく、
広告代理店に外注しているんです」ということを知った。

この時、初めて、広告会社という存在を知った。
(笑)


就職活動は、その後、
道内のテレビ局や、印刷大手を受けるものの、
どこも内定をいただけない。


あせっていた。


そんな折り、
昭和天皇の崩御の話題が、
年末に語られることがあった。

いわく、
「もう年末には天皇は亡くなっているのだが、
国内の混乱をさけるために、
電通という広告業界最王手の会社がしきって
発表を年明け、1月に用意している・・・」と。


そうなんだ!・・・


そんな、都市伝説のような話しを、
何もしらない田舎の学生が信じてしまった。

「世の中をしきって、動かしているのは、
実は、広告代理店なんだ!」と。


思えば、子どものころから、
ラジオや、雑誌、新聞やテレビが
大好きだった。

ニュースやイベントに関心があり、
何かが起きれば、やじ馬として、
いてもいられない、体質だった。



けれど、
大手広告会社には、縁がなかった・・・


就職浪人をしようと、
卒業しない道を選ぼうしていたところに、
うっかり、卒業をしてしまっていた。

大学の卒業式に出て、
住んでいたアパートをひきはらい、
クラブの仲間と涙ながらの別れをした後、
フェリーで地元・北海道に帰ってきた。

この時、4年間の学費と仕送りを送ってくれていた
親は、どう思ったのだろうか。

自分が今、大学生の子を持つ親になって初めて、
バカ息子だったことを思い知って、
汗がでる・・・

でも、その当時は意気揚々と、
自分の可能性が開けると信じていた。



平成元年、4月。


同期のみんなが、大企業で研修を受けているさなか、
ワタシの北海道での就職活動・第2ラウンドが始まった。

最初にコンタクトをとったのは、
「パブリックセンター」だった。

電話の相手は、剣もほろろ、
「来年エントリーしてください〜」と。
そりゃ、そうだろうなあ。

次にアタックしたのは、
「ピーアールセンター」。

何が響いたのか分らないが
「面接いたしましょう」
と。

どんなことを語ったか、まったく憶えていないが、
当時の人事部長と社長面接を経て、
「GW明けから来てくれ」


このひと言で、
ワタシの社会人人生がスタートした。


今となっては、
当時の田丸社長のひと言が
ありがたいそのものだった。





2017年11月25日 (土)

室蘭工業大学の新聞全面広告

息子の一人が学ぶ大学の広告が出ていた。
新聞の15段、全面広告だ。

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国立大学も志願者を集めるために
広告を打たねばならない時代なのだろうか。

いやいや、
高校生が新聞を見ているとは
到底思えず、
これは、きっと保護者に向けたメッセージなのだろう。

ともかく、
伝えたいこと。
それは、

「いまないものづくり」。



コピーを読んでみよう。

室工大の学生は、ちょっと普通じゃないかもしれない。
ロケットを飛ばせるから、という理由で
ロケットを創っている。

建築の学生は、少年の顔をして
ミニチュア都市のジオラマをつくっている。

情報電子工学の学生は、
プログラム言語で頭がもう電脳化だ。

もしかすると、室工大生のほぼ全員が、
少し「変」なのかもしれない。
でも、それでいい。

それがいい。

人類を進化させた変人たちが、
世界を飛び回る時代が
やってきた。


「変才、求む。」


がんばれ。
室蘭工業大学生。


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