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2017年11月

2017年11月30日 (木)

TBSラジオがナイター中継を止めるという判断

ラジオ局の大きな変化。

TBSラジオがナイター中継を止めると
発表したそうだ。


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TBSラジオは、65年以上続いている、
プロ野球公式戦の生中継を
今季で終了すると発表した。

ナイター中継は、AM局の十八番であり、
NHKをはじめとして、夜の定番コンテンツだった。

けれど、リスナー側としては、
どの局も野球中継ばかりで、
AM放送を聞く気になれないという
そういう側面もあった。

昨今、ラジオはネットでも聞くことができ、
「ラジコ」というアプリがヒットして、
スマホでも放送が聞ける時代になった。

しかも、このアプリ、
聞き逃した番組を聞ける、
「タイムフリー機能」もあるとかで、
ラジオ聴取に関する大きな変化が訪れていた。

文化放送とニッポン放送は、
プロ野球中継を来年も継続する意向を表明しているそうだ。

TBSの新たな取り組みに
注目したい。




2017年11月29日 (水)

広告代理店への道、その3

広告代理店への道、その3。

仕事は、基本、地味でつらいものが多い。
価格表示は、まちがってはならないし、
電話番号なんかは、絶対にミスしてはならない。

基本に忠実。
地道な作業を繰り返す。

そんな中でも、
印象的な仕事はいくつもあった。


・「宮沢りえ、トークショー中止事件」

当時、主演映画の封切りがあり、
人気が出始めていた女優がいた。

この人が映画のプロモーションで札幌にやってくる
ということから、
どこか使いたいスポンサーはいないかと。

札幌駅下の地下広場で、トークショーが企画され、
宣伝をがんがん流し、
人を集めていた。

開始時間にかなりの時間があるのに
その広場は、ひとだかりになり、
殺気立った危険なほど、観客が集まってしまった。

結果、急きょ中止の判断に。

冷や汗たらたら。
スポンサー企業に低頭平身、
謝った。



・「ラジオ番組、半年で打ち切り」

大学教授とのアイデアをベースに、
学生よ、世界を見よう!
留学に出よう、
をコンセプトにしたラジオ番組をつくることになった。

毎週1回、30分番組。

スポンサー集めに苦労して、
2社、提供してもらうことにこぎつけて
番組スタート。

コンセプトは良かったのだが、
内容がまじめすぎたのか、
聴取率も取れず、
結果、スポンサーも半年で止めるとなり、
半年で番組は打ち切りになってしまった。



・「超大型B1チラシの訂正シール貼り事件」

大型店の開店用折り込みチラシに、
配布前、価格のミスが発覚した。

たしか、20万部くらいだったろうか。
刷り直す時間と金額もない。
とかいう理由で、
いったん回収して、体育館のような場所を借りて
アルバイトを大量に集めて、
訂正シールを貼って、
赤帽車を何台も手配して、待たせて、
なんとかギリギリ、
新聞販売所に直配して、間に合った!
という苦い経験は、
今思い出しても、冷や汗もの。



そんなこんなを経験しながら、
回りの人々、
社内、
媒体さん、
取引先。

に助けられて、日々を生きていた。


もちろん、
失敗ばかりではない。

夕張のスキー場の仕事は、
趣味の延長上のことでもあり、
やりがいがあり、楽しい仕事だった。

かっこいいポスターを提案し、
ラジオでミニコーナーを実現し、
ポール専用バーンといった企画も実現できた。

現地に打合せに行けば、
タダでリフトには乗れるし、
クライアントはスキーのインストラクター。
技術もおしえてもらっていた。

分譲マンションの仕事では、
募集の印刷物はもちろん、
モデルルームの装飾や演出。
案内看板や来場イベントまで手掛け、
文字通り、広告だけで見込み客を集客し、
そして、実際の販売までつなげる、
その一連に関わることができた。

広告のすごさを、実感していった。


同時に、
時はバブル崩壊の後ではあったが、
業界は、今思えばすごいバブルだった。

テレビ局からの報奨旅行があり、
社員は順番にあちこちにタダで旅行に行けた。

ワタシも、台湾と東京のマイケルジャクソンツアーに
選んでいただき、参加した。

局のゴルフ接待も日常的にあり、
ゴルフコンペを含めて、やらせてもらえた。

もちろん、こちらからの接待ゴルフもあったし、
他社の大口クライアント担当などは、
毎日!担当者とゴルフするのが仕事!
と言われている営業マンもいたほどだ。

クライアントの社長に、泣き落としで
数字をあげてくる人。

朝、朝礼にはこないし、
日々もなにやっているか分らないけど
実績だけはあげている人など、
あやしい人もいっぱいいた(笑)。


2017年11月28日 (火)

広告代理店への道、その2

広告代理店への道、その2。

大学を卒業して最初に入った会社は
(株)ピーアールセンターという
総合広告代理店だった。

同期より約1ヶ月おくれて、
彼らに言わせれば「横入り」したワタシは、
「媒体営業部」という部に配属された。

鈴木部長率いる、この部は、
文字どおり、媒体を営業する部門。
テレビやラジオといった、今でいうメディアの枠を
一般企業にセールスする仕事だった。

とはいうものの、
右も左もわからぬ新人は、
「飛び込みセールス」を命じられる。

いわゆる、ビルの上から下までローラー。
名刺を渡して、「コンニチワー」とあいさつ。
「なにか宣伝の仕事ありませんか〜」と、
いわゆる飛び込み営業をやっていた。

これは、当時も、今も(?)、
新人営業マンの常套練習として、
リクルート社をはじめ、どの企業もやっていたことだと
後になって知った。

最初の受注は、同期7〜8人いた中で、
最後の方だったように思う。
ホンダクリオ販売店のラジオCMだったことを
今も鮮明に憶えている。

そんな営業マンの洗礼を受けながら、
先輩に同行して、仕事を覚えていく。

チラシ、
ポスター、
メニュー、
看板、
ティッシュ、
などなど・・・

マスメディアの広告以外にも、
あらゆる広告物をつくる作業。

クリエイティブ部の先輩に
怒られながら、
媒体部の人間にせっつかれながら、
時に、経理部門の人に事務処理が遅いと
苦言を呈されながら、
仕事を一つひとつ覚えていった。


入社数年後。
コジマ電器が北海道に進出してきた当時。
ワタシが担当となり、
札幌本店のオープン業務や、
函館店のオープンなど、
折り込みチラシ+テレビCM+細かなツール制作、
といった販売促進活動のすべてを経験していった。

当時の先方部長に鍛えられたことがあって、
現在のワタシがあるように思う。

帰宅は毎日深夜。
終電を通り越して、
毎日、タクシー帰宅した日々もあった。

いまどきの表現で言えば、
ブラック、かもしれないが、
当時の業界はあたりまえ。

東P、西P、と影で呼ばれ、
パブリックセンターとピーアールセンターは、
不夜城として、深夜まで事務所に灯りがついている企業として
業界では有名だった(笑)。


レギュラークライアント担当と、
新規営業担当。

ある年、
和服チェーン店の受注を得ることができた。
その会社の支払いは、業界の慣習で長い手形だった。

180日という6ヶ月後の支払いに
取引を辞めろという声が社内にあった。

議論の末、受注OK。
数ヶ月、折り込みチラシをつくり
販売促進活動をフォローしたが、
その企業は資金繰りが悪く、
半年後に倒産。

結果、
8,000万円ちかい損失を会社に与えてしまった。
この時は落ち込んだ。
涙が出てしまった。

会社を辞めようと、思った。
が、当時の上司や社長からも、
おとがめもなかった。

いっそう業務に専念して
業績で報いようと思って、
目の前の仕事をこなしていった。


2017年11月27日 (月)

広告代理店への道

なぜ、ワタシが今の仕事をしているのか。
その入り口について語りたいと思う。

題して、「広告代理店への道」。

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ここに1枚の古い写真がある。
額に入れられて引き延ばされた大判写真。
日付けは、1988年1月31日。

今となっては、永久保存版の写真だね!


昭和63年の写真だ。

確か、当時は大学3年生。
群馬県の高崎経済大学で学び、
アルバイト先のディスコ「ラールカーナ」
での1枚。

なんでこの記念写真を撮影したかは不明だが、
中央でレコードを掲げているのが
ワタシだ(笑)。

もう、29年前になるんだなあ〜


この写真の元になる記憶をたどろう。


恵庭市から、
5%枠という狭き門(?)を突破して入ったのは、
札幌東高校。

入学してレベルの違いにおののいた。
1年生の最初の試験で、
450人中、425番だったことは、
いまも脳裏に焼き付いている。

成績は最低レベルから、なんとか
学年100番くらいに上がったような気がする。

親から「国公立にしてくれ・・・」ということで
1浪。
代ゼミに通った。

で、浪人後にも第1志望には不合格。
日本の首都・東京に行きたい!と
思っていたこともあり、
合格できた高崎の大学に行くことにした。


行ってみると、
一人暮らしの大学生活は、
想像を超える楽しさがあった。
授業、体育会スキー部、アルバイトと、
ほんと、目も回るくらい充実していた。

お金はなかったが、
見るもの、体験するもの、すべてが新しく、
刺激的でエキサイティングな時間だった。

仕送りを補うために、
いろんなアルバイトをした。
そのほとんどが、
所属する体育会スキー部の先輩や仲間からのつながりだった。

家庭教師や、駐車場係り、
居酒屋やディスコで働いた。

当時の日本は、バブル経済の真っ只中。
センス片手に踊る、あのバブル絶頂期の世の中。
高崎の中堅都市にも、そのような箱があり、
そこで、照明係りやレコードを回すDJの
まねごとのようなことを
させていただいていた。

この経験が、
ワタシの職業を決定づけた
ように思う。

それは、
DJや照明係りの想いによって、
ホールの観客が動いていく快感を味わってしまったのだ。

ホールはいつも、盛り上がりをつくっているわけではない。
盛り下がりの時間をはさみ、
メリハリをつけている。

それに、反応してくれることが、
うれしかった・・・


大学4年生になった。
初夏ぐらいから就職活動期に入った。

友人の多くは、銀行・証券・商社に公務員。
いわゆる、固いところを志望していた。

しかし、ワタシはなんだか、気がむかない。
お金とか、モノには興味がなかった。
消去法で残ったのが、マスコミ業界だった。

正確に白状すれば、
同期の中で、最初に「内定」がもらえたのがワタシだった。
外資系の製薬会社だった。
その会社には大変申し訳ないが、
受けてみるだけの、練習だった。

その後、当時のニトリさんの会社説明会が学校であった。
北海道企業ということで、聞きにいった。
担当者の方と、どういういきさつだっかは忘れたが、
「カタログを作るようなことをしたい・・・」と言ったところ、

「そういったものはウチでは作っていなく、
広告代理店に外注しているんです」ということを知った。

この時、初めて、広告会社という存在を知った。
(笑)


就職活動は、その後、
道内のテレビ局や、印刷大手を受けるものの、
どこも内定をいただけない。


あせっていた。


そんな折り、
昭和天皇の崩御の話題が、
年末に語られることがあった。

いわく、
「もう年末には天皇は亡くなっているのだが、
国内の混乱をさけるために、
電通という広告業界最王手の会社がしきって
発表を年明け、1月に用意している・・・」と。


そうなんだ!・・・


そんな、都市伝説のような話しを、
何もしらない田舎の学生が信じてしまった。

「世の中をしきって、動かしているのは、
実は、広告代理店なんだ!」と。


思えば、子どものころから、
ラジオや、雑誌、新聞やテレビが
大好きだった。

ニュースやイベントに関心があり、
何かが起きれば、やじ馬として、
いてもいられない、体質だった。



けれど、
大手広告会社には、縁がなかった・・・


就職浪人をしようと、
卒業しない道を選ぼうしていたところに、
うっかり、卒業をしてしまっていた。

大学の卒業式に出て、
住んでいたアパートをひきはらい、
クラブの仲間と涙ながらの別れをした後、
フェリーで地元・北海道に帰ってきた。

この時、4年間の学費と仕送りを送ってくれていた
親は、どう思ったのだろうか。

自分が今、大学生の子を持つ親になって初めて、
バカ息子だったことを思い知って、
汗がでる・・・

でも、その当時は意気揚々と、
自分の可能性が開けると信じていた。



平成元年、4月。


同期のみんなが、大企業で研修を受けているさなか、
ワタシの北海道での就職活動・第2ラウンドが始まった。

最初にコンタクトをとったのは、
「パブリックセンター」だった。

電話の相手は、剣もほろろ、
「来年エントリーしてください〜」と。
そりゃ、そうだろうなあ。

次にアタックしたのは、
「ピーアールセンター」。

何が響いたのか分らないが
「面接いたしましょう」
と。

どんなことを語ったか、まったく憶えていないが、
当時の人事部長と社長面接を経て、
「GW明けから来てくれ」


このひと言で、
ワタシの社会人人生がスタートした。


今となっては、
当時の田丸社長のひと言が
ありがたいそのものだった。





2017年11月25日 (土)

室蘭工業大学の新聞全面広告

息子の一人が学ぶ大学の広告が出ていた。
新聞の15段、全面広告だ。

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国立大学も志願者を集めるために
広告を打たねばならない時代なのだろうか。

いやいや、
高校生が新聞を見ているとは
到底思えず、
これは、きっと保護者に向けたメッセージなのだろう。

ともかく、
伝えたいこと。
それは、

「いまないものづくり」。



コピーを読んでみよう。

室工大の学生は、ちょっと普通じゃないかもしれない。
ロケットを飛ばせるから、という理由で
ロケットを創っている。

建築の学生は、少年の顔をして
ミニチュア都市のジオラマをつくっている。

情報電子工学の学生は、
プログラム言語で頭がもう電脳化だ。

もしかすると、室工大生のほぼ全員が、
少し「変」なのかもしれない。
でも、それでいい。

それがいい。

人類を進化させた変人たちが、
世界を飛び回る時代が
やってきた。


「変才、求む。」


がんばれ。
室蘭工業大学生。


2017年11月24日 (金)

空き家を学生に貸し出す取り組み

ユニークな取り組みを新聞が伝えていた。

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空き家を学生に貸し出す、
という札幌市。

道内初の取り組み。
京都や神戸などではすでに行われているらしい。

学生の経済的な負担の軽減。
コミュニティの活性化。
空き家の解消。

この3つの課題解決につながるアイデア。
期待したい。

2017年11月23日 (木)

HK・イノベーション・プラザで発表の機会

参加している
「HK・イノベーション・プラザ」が主催する
第1期イノベーション研究会に出席。

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全4回シリーズの3回目は、
ワタシが発表者。

PRを活用した生産性向上に関する実践研究、
というお題の元、

「変化する市場・技術
独自の世界観で世に出る企業のメディア戦略とコンテンツ」
と題して、日頃の活動を報告した。

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講師は、ワタシの他に2人。

中小企業診断士・ITコンサルタント。
特許事務所の弁理士。

各分野から、新な知見と
気づきが得られた。


2017年11月21日 (火)

清里町、神の子池

道東、清里町へ行く。

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神の子池。

2012年、キャノンのミラーレスCMロケ地として
話題になり、近年人気のスポット。

初冬のコバルトブルーの神秘の池を見る。


2017年11月16日 (木)

法務・会計プラザ20周年記念講演会

「法務・会計プラザ20周年記念講演会」に行く。

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会場は札幌パークホテル。
千人以上の方々が集まっていた。

それぞれの講師から深い学びをいただく。


業じる。

今日一日。

一期一会の覚悟。

心を整える。

導きたまえ。

伝わる。

顔に現れる。

下位者には見えていないこと。

できごとの解釈。

今日が最後の日。

いま。

逆境こそ成長の機会。

すべて自分。

感謝。



ありがとうございました。



2017年11月12日 (日)

メモ術とノート術

「1億稼ぐ人の『超』メモ術」
市村洋文著、プレジデント社を読む。

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著者は、元・野村証券の営業マン。

20代で集めた運用預かり資産は2,000億円と、
いまだに同社では破られていないほどの実績をあげた
伝説の営業マン、だそう。

現在は経営コンサルタント会社、
ファーストヴィレッジ(株)の代表。
1959年、北海道生まれだ。


ワタシは数週間前から、あたらしいノート、
B5ノートを導入して、「ふりかえり」というレビューを強化し、
目標をよりいっそう、達成したいと考えていた。

そんな時に目に飛び込んできた同書のタイトル。
「メモ術」に反応した。


・手書きすることで、思考は整理される

・情報同士が化学反応を起し、大きなアイデアが生まれる

・メモに悩みごとを書くと、翌朝には解決策がひらめく

・未来を書くことで、夢は現実のものとなる

と、冒頭にあった。


以下、ワタシにとっての要点をメモしたい。

・野村証券では、とにかく小さなことでも
メモをとることを指導された

・メモを取る行為は、相手への敬意を表現することである

・メモは3種類。情報メモ、TODOメモ、指示メモ

・日付け入り、1枚1情報のルール

・ブロックメモを利用し、しっかりシャッフルし、
整理してノートに移行するのがメモの極意

・メモは清書したらいさぎよく破って捨てて
ブロックメモの仕事を終わらせる

・ノートに仕事を記録してPDCAを記録する

・「ペンディングノート」をつける。新規開拓の相手との
やりとりを記録するノート

・「外交ノート」はクライアントとのやりとりを鮮明に記録するもの



ブロックメモ。
使ってみよう!

2017年11月11日 (土)

六花亭の企業広告、企業磨き

六花亭の企業メッセージ、新聞広告に
心打たれた。

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「亭主の思い 47」

『企業磨き』

春先から始まった、
来春卒業見込みの大学生向け会社説明会。
人手不足の時代、
売り手市場といわれる中でのスタートだった。

常々会社説明会は、
普段の企業活動を大学生に判断してもらう場、
と位置づけてきた。
だから俄(にわか)づくりの採用活動より、
日々の生業を通してその姿勢を伝えるのが大事と考えている。

去る10月1日、
入社予定者の内定式と歓迎夕食会を開催した。
北大、小樽商大はじめ道内の大学はもとより、
慶応、成城大など道外からも採用。
総勢23人。
前年と遜色ない結果にほっと安堵する。

過去にはバブル期、氷河期と呼ばれた時代もあった。
しかし、いつも大学生と企業は立ち位置が同じと説いてきた。
仮に、身の丈を超えるレベルの人を採用しても、
定着は難しい。
より良い人材を求めるならば、
それ以前に魅力ある企業づくりが絶対条件と信じている。

それにはそれ相応の時間を要する。
おかげで体力はついた。
しかし、体質改善には終わりがない。
人の質が味を決めると考えれば、
この一点に思いを寄せるのは、
至極当然だろう。

企業に休みはない。
また今から来年に向けて
歩みを止めることなく、
企業磨きに精を出す。


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六花亭の採用実績。

「人の質が味を決めると考えれば、
企業の体質改善には終わりがない」。

まさに至言である。


「考える力がつく本」 池上彰著、プレジデント社

「考える力がつく本」
池上彰著、プレジデント社を読む。

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本、新聞、ネットの読み方、
情報整理の「超」入門。

・考える力を身につけるためには

・「図解」で理解を深める

・新聞の読み方

・雑誌、ネット、テレビの見方

・人から話しを聞くためには

・本の読み方、選び方


最後の章に、
「リーダーたちは何を読んできたのか」
という章がある。

初出は、雑誌「プレジデント」のコーナーだ。

その中で、柳井正さんの3冊。
1冊目にドラッカーの「イノベーションと企業家精神」が
入っていた。

何度も読み返しているのがドラッカーの著作だそう。
特にこの本は、読むたびに感銘を受け
「よし、がんばろう」と発奮させられるという。


ちなみに、もう2冊は、
「ホンダジェット」 前間孝則著
「少しだけ、無理をして生きる」 嵐山三郎著


読まねば。






アメリカンフットボールについてお勉強

アメリカンフットボールについて、勉強。

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図書館から、2冊の本を借りてきた。
「アメリカンフットボール ゲーム&プレー」
「よくわかるアメリカンフットボール」

基本のルール、
専門用語、
写真の撮り方
(かっこいい写真)。

少しだけ、
わかった。


アメフトの魅力。

本場アメリカでは、アメフトのことを
「ファイルスポーツ」と呼ぶ。
パス、ラン、キャッチ、キック、コンタクト。
すべての要素を統合した究極のスポーツ
という考え方からくる言葉だ。

ゲーム中、相手との激しいコンタクト(ぶつかりあい)が多いため、
格闘技の要素がとても強いスポーツ。

一方で、高度な情報戦でもあり、
ただぶつかりあうだけではない、
頭と体をめいっぱい使うスポーツ。

アメフトは11人ずつ。
攻撃と守備に分かれて試合が進み、
ゴールの方にボールを運んで得点する。
野球に似た形式。
4回で10ヤード進めば、更に攻撃可能。
進めなければ、攻守交代。

得点方法は、4つ。
・タッチダウン 6点
・タッチダウン後、キック(ゴール) 3点
・得点後のボーナス得点 キックで1点、さらに持ち込みで2点
・攻撃側が相手に倒された場合は相手側に点が入る、2点

ボールは、「センター」選手から、
その後ろにいる「クォーターバック」と呼ばれる司令官に渡される。

そのQBから、さらに後ろにいる「ランニングバック」と呼ばれる走る人
にボールを渡したり、「レシーバー」と呼ばれる受ける人に投げる。

ボールを持つ選手が倒されるか、
自らころんでヒザから上の体の部分が地面につくと
いったんプレーが終了。
1プレーごとにストップする。


<ゲームの流れ>

・キックオフ

・攻撃開始

・プレー選択 ラン、パス

・タッチダウン or パント(敵陣へキック)


・守備開始

・タックル

・インターセプト(相手が投げたボールを途中で奪って攻撃権を得る)


2017年11月10日 (金)

グーグルフォトを使う

「グーグルフォト」に写真を移行。
快適になった。

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仕事仲間から、「写真をグーグルフォトで共有してほしい」
ということになり、「共有フォルダ」(?)にワタシの写真を
アップロードした。

グーグルフォトは、数年前にアカウントがあった。
そう、いまいち使い勝手がわからず
運用していなかった、アプリだった。

しかし、これがなかなか快適。
使いやすそうに思い、調べてみた。

容量が無制限、だった!


一方で、
iPhoneの写真フォルダには、画像がたまるばかりで
同期されている「iCloudの容量がいっぱいです」との
警告がひんぱんに出るようになっていて、
どうしようか、困っていた。

20171110_6_04_05


そこで、iPhone内の写真をすべて
グーグルフォトに移すことにした。

アプリをダウンロードして、
数年前からの画像や動画を一気にアップする。

4時間くらいかかったが、
無事に完了。

これで、写真もバックアップされ、
iPhoneの容量も食うことがない(はず?)。

しばらくは、グーグルフォトにおせわになろう。

2017年11月 9日 (木)

業績をあげる

P.F.ドラッカー「創造する経営者」
第14章の再読。

「業績をあげる」の章だ。

業績をあげるために、
必要なこと。

・計画を日常の仕事に具体化する

こと。


・自らの卓越性は何か

・優先順位はつけられているか

・戦略については決定されているか


その上で、

・いかなる成果が必要か

・いつまでに必要か

・どのような活動が必要か


仕事の割り当てが意味をもつためには、
期限を定めなければならない。

特に知識労働者には、焦点のはっきりとした
行動計画が必要である。

大きな成果を生まない仕事は
行わないことが原則でなければならない。

生産的でなくなったものを廃棄せよ。
ほぼ3年ごとにあらゆる活動・製品・サービスについて
体系的な見直しを行うことである。


2017年11月 8日 (水)

日経平均株価がバブル崩壊後最高値に

日経平均株価が、バブル崩壊後最高の
22,937円になったと新聞が伝えている。

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日経平均が最高値を付けたのは、1989年12月。
38,915円だ。

1989年というのは、昭和64年。平成元年。
ワタシはこの年の4月に、社会人になった。

世はまさに、バブルだったのだ。

以降、バブル経済は崩壊。
15,000円と半減しつつも、
上がったり、下がったりして推移した。

2002年には1万円を割り込み、
4年後に、1.5万円まで回復したが、
再び2008年のリーマンショック以降、低迷していた。

その傾向が、2012年以降、一転して上昇カーブを描く。

多少の上げ下げを繰り返しながら、
ついには、25年10ヶ月ぶりの高値をつけたという。


その理由・背景について日経新聞では
次ような点を上げている。

・世界的な景気拡大を背景に、
グローバル企業の業績が上向いている

・主要企業は海外展開を急ぎ、
海外売上高比率が5割りを超えるようになった

・内需企業も海外で稼ぐ体制を築いた

・トヨタやソニーは、営業最高益を見込む

・衆院選で与党が勝利したことも、
政治の安定を評価した海外からの投資を誘っている


ファーストリの柳井会長兼社長は、
「世界は新たな次元の競争が始まった」
との認識を示す。

「世界がどのように変わるかを予測し、
自分たちで変化を起こしていくリーダーシップが必要だ」
と訴えている。

何度も失敗しながら現在のモデルを築いてきた、
その上に、

「今後は情報の発信力も兼ね備えた『情報製造小売業』
の形態を目指す」と明言したそうだ。

自らが、変化の先頭に立ち、
おおきく変わる。

新陳代謝。

イノベーション(=革新・新結合)。


余市町で地元ガイドと巡るツアー〜お休み処・簡易宿舎(B&B)の「茶話(さわ)」ランチ

余市町で地元ガイドと巡るツアー。
エビのからむき体験と、地元食材を使ったやさしいランチ。

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会場となるのは、海からすこし離れた、
山里のふんいきがただよう場所に立地する、
お休み処・簡易宿舎(B&B)の「茶話(さわ)」さん。

Dsc_2289
余市の海沿いにあったニシン番屋を譲り受け、
移築して再現した建物。

Dsc_2071
木造2階建て。開放的な吹き抜けになっていて、
2階の通路には、懐かしいアンティークものが飾られる。

Dsc_2212
「地元ガイドと巡る漁港散策」の流れで、
余市漁港であがったエビのからむき体験。

Dsc_2215
みんなでやると、楽しいね。

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囲炉裏のコーナーで、完成!の絵。

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アタマの部分は味噌汁に入れる。

Dsc_2252
味噌汁とご飯は、各自でお好みの量を盛るスタイル。

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地元で採れた季節の野菜を中心にした
やさしい味わいのランチメニュー。

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みんなで食卓を囲んで。
奥に写るのが、オーナーの安達稔さん。
元、農業普及指導員をされていた。

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料理を中心におせわになった、奥様の安達由起子さん(左)。

時間の流れがゆるやかな、
おだやかな居心地のいい場所。

また、来たいなあ。



2017年11月 7日 (火)

地元の高校存続のため私財を投じて下宿をつくった83歳の社長

スゴい人がいるものだ。

「広尾高生のため、私財を投じ下宿を建設」
畑下茂さん、83歳。

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入学者が減る広尾高校に、町外からの生徒を増やして
存続につなげようと、
私財を投じて下宿「学生会館とかち」を開設。

すべては「高校が無くなれば、マチはだめになる」
との一念からだ。

広尾町生まれ。
中学卒業後、帯広市内の土木現場で働きながら、
帯広の定時制に通った。

会社務めの傍ら、2級建築士の資格を取り、
建設会社「畑下組」を設立した。

入学者が減る広尾高校では、
町外の生徒を受入れるなど存続策を打ち出しているものの、
町内には下宿はなく、受入れ先の確保が課題だった。

誰もやらないなら、俺がやる。
地元に恩返しするつもりで、
7千万円かけて家具付き個室が10室ある下宿を新築し、
朝夕の食事も提供する。

本年度は1年生5人が入居した。
入学者を60人にするのが目標という。
「全国から高校生を呼びたい。

そうすれば、マチは元気になる」と。


まったくすばらしい人がいるものだ。
広尾町の人口は、7,000人あまり。

小学校は2校。
中学校は1校。
高校はこの広尾高1校だけ。

取り組みを応援したい。


余市町の 「地元ガイドと巡る、余市漁港ぶら歩き」

余市町で生まれつつある地元ならではの体験プログラム。
「地元ガイドと巡る、余市漁港ぶら歩き」。

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余市漁港。

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案内してくれるのは、地元ガイドの吉田眞也さん。
余市港の元・水産普及指導員。

すごい知識で、
なんでも知っている。

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イカ釣り漁船の前では、
イカ漁についてや、実際の釣り針を用意して
触らせてくれる。

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漁船について説明。
船に書かれている記号、「HK」で北海道の船ということが
わかるそうだ。

なるほど。

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なにげに置かれていた網。
これは刺し網漁で使っているものだそう。

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スロープに上げられていた小舟は、
ウニやアワビ漁の船。

実際に使われている漁師の道具を
見せて、説明してくれる。

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赤く目立つカゴは、エビカゴ漁の道具。
「エビカゴ」と名前だけは聞いたことがあったが、
本物の道具を見るのは初めて。

そうなんだ〜

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エビカゴ漁専用の漁船の前で。

事前に用意してくれていた写真などを見せてもらいながら
納得の説明。

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かつて、この海(浜)には大量のニシンが揚がり、
打ち上げられていたそうだ。

余市では大正時代がピークで、
浜はたいそうにぎわったという。

それが、昭和初期、
ぴたりと獲れなくなってしまう。


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漁港見学の次は、すぐ近くにある、
「薫製屋 南保留太郎(なんぽとめたろう)商店」さん。

手づくりのくんせい屋さんだ。

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3代目となる南保憲亨(のりあき)さん。
手づくりの工房の中を案内していただく。

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インディアンスモーク。

新鮮なサケの半身を、
塩のみで味付けし、
1ヶ月間もの時間をかけて
じっくりと燻し上げた逸品。


いま、まさに干されていた。


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工房の奥では、
いま、まさにスモークされている様子も見学。

こうやって作られる、
本物の味。

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決して広いとは言えない店内では、
いろいろなものが薫製になっている。

魚介類はもちろん、
豆腐のスモーク、というものもあって
びっくり。

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つづいて立ち寄ったのは、
国指定史跡の「旧余市福原漁場」。

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ニシン漁最盛期のようすを余すことなく伝える主屋。

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小泉幸司さんに案内いただく。

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いくつか建っている建物のひとつ、石倉。

当時の船や、モッコなどが展示され、
北前船が寄港した港の絵がずらりとならぶコーナーは
圧巻だ。

じっくりと見学したい施設。


余市町で地元ガイドと巡る果樹園収穫体験、有田リンゴ園

余市町で生まれつつある
地域ならではの体験プログラム。

地元ガイドと巡る果樹園収穫体験。

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いわゆる観光農園ではない、リンゴ栽培農家。
「有田リンゴ園」の有田均さん。

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みごとに実ったリンゴの木。

9ヘクタールという広大な畑に、
8品種のリンゴを育てている。

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おいしいリンゴの育て方、
選び方や、収穫のしかたをおそわる。

有田さんのこだわりは、
植栽間隔を広くとり、
光を十分にあて、
のびのびとした栽培をするところ。

エコファーマー認証を受け、
環境との調和に配慮した農業を営んでいる。


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実際に収穫。
リンゴを手に持って、上側に軽くひねると
ぽろっと、とれる。


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収穫とリンゴ畑の散策をひとしきり楽しんだ後は、
倉庫の2階で、リンゴにまつわるお話しを聞く。


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倉庫では、出荷を待つリンゴたちでいっぱい。
甘い、いい香りが漂っている。

品種の違い、味の違いなどを
おしえてもらう。

もちろん、ここで購入することも可能だ。


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甘過ぎない品種のリンゴをつかったアップルパイ。
試食をする。

おいしい!

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有田さん、地元ガイドとして案内してくれた安達さん、
ありがとうございました!


2017年、今年最後の「札幌ビジネス塾」

2017年、今年最後の「札幌ビジネス塾」に参加した。

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塾長であり、公認会計士の佐藤等さんからのお話。
「時代を観る眼を養う」。

「変化」を知覚し、
何があったのか現実を分析し、
その上で我々はどう行動すべきなのか。

そんな示唆に富む時間となった。


昨今、ガソリンスタンドが激変しているという。
統計によれば、半分になったそうだ。
この変化にクロスするように、電気自動車用コンセントが急増。
その数が、迫っているという。

経済の新聞では、EV・電気自動車の記事が踊る。

変化じたいはニュートラルだという。
変化したことに、プラスもマイナスもない。
変化に直面した人が、そのことをどのように解釈するか。
そのことだけだという。

テクノロジーが日々、イノベーションをもたらす時代。
人間はその変革に適応できるように、
知識やスキルを新しくしなくてはならない。

50年も通用するノウハウはない。


お話の中に出てきた、ドラッカー本をひもとく。
そこには、こんなことが書かれていた。

   *

産業界も政府も、すべてにおいて明日を優先しなければならない。
継続の時代においては、
昨日が、明日もあることが期待しえた。
昨日の強化が明日の強化でありえた。

しかし、
変化の時代、特に新産業が主役として次々と登場する
急激な技術変化の時代にあっては、
昨日の強化は明日の弱体をもたらすだけである。

(「断絶の時代」58P)

   *


新しい現実を目の前にして、
来年、あなたは何をしますか?


この問いに真摯に答えよう。

「プロフェッショナルの未来」を考える講演会が近づく

「人生100年時代」をどう生きるか。
マルチステージ化する人生戦略をどう描くべきなのか。
そんなことを考える、
いい機会となるであろう、講演会が来週開催される。

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登壇者は、豪華メンバーだ。

ソフトバンク社長の孫さんの弟であり、
ガンホー社長の孫泰蔵さん。

ヤフーで最少年役員に昇進した、
札幌出身の宮澤弦さん。

コンサドーレの社長、
野々村芳和さん。

ソフィアバンクなどを設立した
多摩大学の田坂広志さん。

この4名から「ライフシフトの時代〜プロフェッショナルの未来」
と題して話が聞ける。

技術革新がもたらす
大きな変革期に、
われわれは、どのように
職業人として輝くことができるのか。

そのようなヒントをつかみたい。

来るべき、2018年・平成30をよりよくするための
きっかけにしたい、講演会。


・11月15日(水)、13時〜17時
・札幌パークホテル
・講演会のみは、5,000円


マンダラチャートやマンダラ手帳を広めた 松村寧雄さんが亡くなる

マンダラチャートや、マンダラ手帳を広めた、
松村寧雄(まつむら・やすお)さんが亡くなった。

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東京の「クローバ経営研究所」代表取締役会長。

事業を引き継いでいる息子の剛志さんFacebookによれば、
11月4日、78歳だったそうだ。

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ワタシは法務・会計プラザさんのご縁もあり、
泊まりの合宿セミナーに参加したり、
著書にサインをしてもらったりと
さまざまなことを教えていただいた。

当時は、2007年だったんだなあ。

あっという間の10年間。

9マスのマンダラチャートは、
大変有効に活用している。

1泊2日のセミナーも、
大興奮したことは、
今も忘れられない。

豪快ながらも、どこか繊細で、
気を配っていた松村先生の
記憶が残る。

ありがとうございました。

そして、
この教えを後世につたえる、
その一助を担いたい。


2017年11月 1日 (水)

佐々木十美さん、置戸町食のアドバイザーに学ぶ

「給食の鬼」としてNHKプロフェッショナルで
取り上げられた方。

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佐々木十美さん。
置戸町食のアドバイザー。

・「うちのご飯」だと思ってメニューを考えていた。
わが子と思えば、学校で食べるご飯も、
家で食べるご飯も同じでなければおかしいですよね。

・子どもたちにはこびた献立にはしませんでした。
そのためにはおいしいと感じてもらう工夫が肝心。
調理方法をいろいろ試しました。

・一番大切にしたのは、本物の素材を使うこと。

・料理は空腹を満たすだけのものではない。
体と心をともに満足にして幸せな気持ちにしてくれるもの。
だから、手間を惜しまないでほしいです。


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